ウィキペディア参照
私たちが"数字"を意識するのは、経済とか時間、量程度で、何時も(日常)はその程度のモノだと思います。
後は小学生の後半でせいぜいピタゴラスの定理を教えられて、おぼろげながら三角形の不思議を思い出す程度なのかもしれません。
義務教育を終えるまで数字のお勉強では、私たちは解析学・代数学・幾何学のある事を教わりました。
それらはみんな、自分にとって苦手な数字の世界でした。
解析とは、巨視的・微視的なイメージ、代数とは数字と四則演算の不思議、幾何学は図形や次元との数字の関係のイメージ・・・?という大雑把なイメージです。
という事でその後の人生、何かを比べる時くらいにしか数字は、私たちの生活では登場しない雰囲気です・・・?
ところが数字には色々な秘密が隠されていた・・・。
数字と記号を用いれば、色々な事がイメージできる。
その中には、芸術に通じる美しさも存在している。
数式には、美すら存在しているという事です。
その事については、数学に今までの苦手さを忘れて、判らぬまでもある程度チョッピリ頑張ってみれば、ホウホ、ウナルホドなどと数字・数式の美しさの一端に、感動できるかもしれません。
この感動が、鮮明な方たちなほどきっと、数学に愛された人々なのでしょう。
その様な先生から良く聴かされるお話が、オイラーの等式でしょう。
eはネイピア数。この数字が不思議なところは、は微分しても
が永遠に続きます。
iは虚数。i×i=-1。
πは円周率。
これらはそれぞれ、解析学・代数学・幾何学で登場する数字のお話で、それ等が0と1で数式になる。
無理数たちがこの様な式になった時、0と1で繋がってしまう・・・。
これが数式の美しさを表現している。
数字を愛した人々はソコに美を感じます。
オイラーは息をするように計算していたそうです。
ガウスはこの公式を観て感動できない人には数学のセンスは、哀しいかな無いでしょうとも言われたそうです。
数学にはホトホト縁がなかった我人生(>_<)世の中には、想像も出来ない様な発想で、驚く程の世の中の秘密を暴露する人々が、名を残してきました。
今、ABC予想では日本人の数学者が、しのぎを削って世界の注目を浴びているそうです。