
私たちが"数字"を意識するのは、経済とか時間、量程度で、何時も(日常)はその程度のモノだと思います。
は微分しても
は微分しても
お隣の国の朝鮮日報日本語版で、平和な国ランキングのニュースが掲載されていました。
日本は、
・アイスランド
・ニュージーランド
・ポルトガル
・オーストリア
・デンマーク・カナダ
・シンガポール
・チェコ
に次いで9位なのだそうです。

世界各国での幸せの度合いでは、日本は54位。
世界各国の中で安全な都市は、東京が1位で、大阪が3位。
住みやすい国では日本は、10位なのだそうです。
何が基準でこうなったのかは不明なのですがこれらの記事にフト、目が止まりました。
昭和から平成、令和になってこの国の住みやすさや住みにくさも、この国を住処にしている皆様には、賛否両論ある事でしょう。
昭和の中頃までは高度経済成長で自然を犠牲にして、公害問題なども色々物議を醸しだしていましたが、今ではその様なニュースもめっきり減って、過疎化の里山等々の放ったらかしの自然で、山中の獣と人里の境界があいまいになってのニュースの方が、目に留まるようになりました。

都市近郊では、既に観られなくなった鳥や昆虫などの生物は、公害の時代(昭和時代)の方が、まだまだ見受けられていた様な気がします。
令和の世になって、都市近郊のインフラがこれから益々進んで、もし自然との共生が出来る様になったら、小川の中のメダカの学校や、夕焼け小焼けの赤とんぼや、紫陽花にカタツムリとかアマガエルが都市近郊ででも伺える様にもなって来て、住みやすい国のランキングが少しでもアップするかもしれません。
遠い昔、鉄の文化が日本にもたらされて製鉄の技術が発達、お隣の大陸では鉄を製造するための燃料が枯渇して、逆に日本から輸入したという歴史のお勉強をした事を覚えています。

日本ではいくら伐採しても製鉄できる木炭が採れる国だった。
他方、隣国の森林は、一度伐採したら再び復活させるには、もう不可能に近いくらいの自然破壊になってしまって、いくら鉄鉱石が産出されても、製鉄できる燃料が確保できず当時から既に、日本から鉄を輸入するようになってしまった。
殷(商)、秦の頃は中原の地にも森や林があって、象も住んでいたそうです。
黄砂も、今ほど酷くはなかった。
その土地に長い歴史の間で人口密度が集中してきて、喰えるものは何でも喰えないと生き延びる事も、難しかったのかもしれません。
多少の陶器を作れる環境はあったモノの、鉄器を産業革命が興るほど生産できなかったのが、かの大陸の自然が持っていた潜在能力だったのかもしれません。

この島国の場合、弥生時代に稲作文化を取り入れて、つまり農耕文化を取り入れて縄文時代には豊かな地方だった所が、米を中心にした文化に傾倒し過ぎた(?)あまり、豊かさを失った地方もありました。
当時の青森地方は、稲作には決して適さない地方だったので、縄文時代の漁撈や森林からの恵みを半ば放棄する様に、稲作にこだわり過ぎたのが原因で一時、そこで暮らしていた住民は餓死者すら、発生させてしまった時代がありました。
そのくだりのお話が、司馬遼太郎の街道を行くで紹介されていて、ショッキングだった事を覚えています。
この国では農耕文化をほぼ全面的に取り入れてしまったのですが、何もかもが上手く行っていたわけでもなかった様です。
一方神々の不在(?)、あるいは自然の潜在的エネルギーに比較的に乏しいのかもしれない(?)隣の大陸では、古来よりジェノサイドが起こったり、カニバリズムなどのおどろおどろしい哀しい歴史も残っています。
活火山と地震のこの島国と呼ばれている小さな地では、鮮明な四季もあって、稲作に依存しなくても1万年以上にわたって、平和裏な生活をしていた時代がありました。
そんなイメージを、ツイツイ偏差的(?)に想像してしまったりしてしまいます。
この島国では神々が不在の時期はほとんど無くて、自然の再生力は凄まじいくらいに活性する力が、今でもあります。
資源の少ない国などと言われたりしていますが、果たしてそうなのでしょうか・・・?

鮮やかな季節が廻り、花鳥風月、清冽で豊かな自然の恵みは、放っておいても八百万(やおよろず)の神々が、この島国の住人たちに大いなる豊かさをもたらしてくれて、古来よりそんな神々に私たちは、畏敬の念をもって接して、活かされて来た感謝と喜びを表現して来ました。
狂信的ともいえる原理主義すら私たちの神々は、列島の住民たちに強要はしない。
そしてこの国の神々は今でも、自然の恵みを与え続けてくれています。
この国では私たちが、快適な自然を蘇らせる適切なインフラさへ進めて行けば、後は神々が恵みを与えてくれる、そんな結構生活しやすい、小さな島国なのかもしれません。
なので他の厳しそうな地に比べれば、この島国は優しい神々が、少なくとも他の地よりは、暮らしやすい環境を私たちに提供してくれている様に思ったりします。
感謝の念を忘れずにシッカリと環境インフラを整備して、後は勝手に自然の恵みを与えてくれるこのような場はこの地球上で、決して多くはないのかもしれません。
過酷な自然で生活を強要される住民の皆様にも、優しい人々もいれば、厳しい人々もいる。
そんな事を考えているとき、神々の不在な地での住民には、六道の中の修羅道より厳しいランキングが、当てはめられているのでしょうか(?)などと思ったりします。
このランキングニュースには、そんな哀しい事実も含まれているのかもしれません。














ウィキペディア参照図
ネットワークのインフラは、私たちに色々な事を教えてくれる様になりました。
情報の氾濫は、それを見る側・聴く側に取捨選択を余儀なくさせますが、選択の自由が担保されている分少なくとも、昔には戻りたくないと思わせます。
今もって過去にカジリつくのも自己の風化・劣化・老化に繋がる危機感を感じたりします。
情緒(好き嫌い)も大切だけれども、理性で乗り越えなければならない時があるのも、それはいつの世でもあった事でしょう。
さて今やTVやラジオ、新聞からのみの情報だけでは頼りない(?)というイメージすら感じる事があります。
公権とは言えTVやラジオから伺える国や自治体の公告も、国民にバイアスをかけないという保証もないという感じもしたりしたこともあります。
例えば、忖度とか冤罪とか・・・。
見えないところで既得権益者同士の特権の保護とか・・・。
それ等の事が一般の旧メディアにも当てはめられて、彼らからの情報にもバイアス感を感じないではないという気にもなったり・・・。
一方、法律だって完ぺきではないでしょう。
時間に伴う劣化もあるでしょうし、世の中の無常に合わせての改正も必要です。
そんなこと考えて、今回のコロナ騒動は、政に携わる皆様の色合いを色々なメディアが、様々な評価を披露されていて、ネットでもご同様。
世界各国の状況も報告されてきて、我が国は結構奮闘努力の効果があったのか、他国に比較して奇跡的な状況なのだそうです。
習慣的な衛生観念が幸いしているとか、医療機関も比較的充実しているとか、色々な要因を上げられている様です。
そんなこんなの現状を鑑みて、情報の速さや正確さは私たちにも喫緊の問題なのが、切実に体感させられました。
情報は確実に、過去より今の方が圧倒的に多くそして迅速に私たちの耳元まで、届くようになって来ました。
話しは変わって、ユーチューブ。
メンタリストのDaiGoさんの動画を伺ってみて、半兵衛が金華山を数名で落城させた歴史話を思い出したりしました。
若い頃の半兵衛は家臣として、上層部にはあまり高い評価を得られてはいなかったそうです。
その間隙を縫って、城主たちの怠慢(?)を非難する様な挙にでたお話。
その逸話とは全く関係は無いのだけれども、DaiGoさんのお話は本当に面白い内容でした。
映像は軽い感じで、話している事は結構興味深い内容だと思いました。
他方、公権を持った政に携わる皆様の発言の、例えばインタビュー・会見というのは、紆余曲折な解釈をされてはイケナイので、多くの校正を経て、私たちに公告される事になるから、カスミがかかった様な回答という気もしないではありません。
米国の大統領はその辺りを多少無視した公言で、迅速な処置を執り行っている印象を受けたりします。
他方、我が国の皆様の努力は国民にどう映っているのでしょう・・・?
一人一人が色々な情報を日々の生活に役に立たせるためには、聴く耳を持つ私たちの思考法に依存するというお話が、DaiGoさんのお話には込められていたと思い、非常に興味深かったのです。











私たちは国籍を持って生きています。
どこかの国で住んで、その国が平和なら納税と勤労の義務が発生するのが一般的なお話。
生きていく国が平和な国なら幸いです。争いや国際的に非難を浴びている様な過酷な国なら大変です。
少なくともこの国の場合、教育を受けなければいけません。義務教育とは当人も国家にも負わされている義務。
そこで教わる教育とは生きていく上での読み書きそろばん以上の知識を受けさせてくれます。
人は社会を営んで生きて行かないとイケマセン。
文字を読めて書けて理解できないといけないし、数字の概念も理解できないと生きてはいけません。
そんなの当たり前と言われれば当然なお話。
この教育で世間は、個人の頭脳が明晰かどうかを判断したりするのが、普通のいわゆる常識になっています。
学歴や職歴で判断されている・・・。
その様な価値観はソロソロ限界に達して来そうな社会の将来が今、巷で騒がれ始めました。
お国は生涯就労できる企業が減って来て、リタイア後の年金も満額の支給額は生活費に比例できなくなってきて、老後にもなにがしかの所得を国民に強いる様に迫っている印象です。
幸いにも不労所得のある皆様なら幸いです。でも就職して企業や団体から支給される一般に言われている、サラリーマンにはつらい将来が待ち受けている・・・?
たとえ頭脳明晰で、立派な教育を受けて就職したとしても将来に不安が募る社会が、大きな口を開けて待っている・・・?
何とネガティブな将来・・・?
でも実は人類は過去、様々な苦難を乗り越えて来ました。なので、これからも過去にそうして来たように行動しないといけない。
そうしないと暗い将来が待っている。それには今までの常識では歯が立たない。
せめてお金の知識を身に付けておかないと貨幣経済・自由主義経済な世間の波を上手くは進めない・・・?
今からでも遅くはないお金の知識は、身に付けておいて損はないでしょう。
![]()
金持ち父さん貧乏父さん改訂版 アメリカの金持ちが教えてくれるお金の哲学 [ ロバート・T.キヨサキ ]

