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2020年7月19日日曜日

コロナウィルス 生物学

ただ今コロナウィルスが、世界を席巻中です。

このままだとこれはもう第二次大戦並みの歴史的なエポックとして語り継がれる史実になりそうです。

そもそも、事の始まりは・・・?

という前に、ウィルスと生物について少々の復習です。

事の始まりの件はいずれ、歴史として人類はこの事件を評価する事でしょう。
 という事で再びソモソモ地球は、ハビタブルゾーンとして生物が発生できた惑星になりました。

ハビタブルゾーンとはいえ生物が発生するまでには、地球は生物にとって苛酷な時期があった事もわかって来た様です。

例えば生物の発生した地球にとって、太陽の影響が最もハッキリしていて、先ずは太陽から降り注ぐ放射線は生物にとって死の光線も数多く含まれていた。

衛星の月にも影響を受けて来て、銀河系での放射線などにも影響を受けて、何度か全球凍結も経験して、生物はその度に大量絶滅して来たそうです。

生物には、大量絶滅と茎進化、冠進化が少なくともこの惑星では試練(?)としてそれらの幾度かの経験を通して、ラッキーにもそれを乗り越えて来た生物だけが生き残って今も進化している。

地球自身、磁場を形成して地表を太陽風から保護してハビタブル化したし、マントルの対流・プレートテクトニクスなどで、乾燥と湿潤を何度も何度も繰り返して、単純な分子が自己複製機能を持つリボザイムが生成できる環境も後の生物に提供してくれたそうです。

そして、生物は地球で発生した。
生物自身も酸素を大気中に放出して、酸素濃度を上げたり、オゾン層を形成する事にも貢献して来た。

この頃の生物とは、脂肪酸で細胞に膜を形成してRNAを保護する様な古生菌と新生細菌の誕生をイメージしてしまいます。


ウィキペディア参照
生物ドメイン系統図(ウィキペディア参照)

そんなこんな事が起こって結局その後に、バクテリア、古細菌、真核生物などと呼ばれる、3ドメインのカテゴリーで生物は進化してきました。


原核細胞は細胞核やミトコンドリアをはじめとする細胞内小器官がほとんど見つけられないことが最も大きい特徴なのだそうです。

一見、真核細胞より古いタイプの細胞の様に考えたりしそうですが、そのあたりは今では不明で、細胞核を持たない分、メリットもあって進化においてより原始的生物であると想像しがちだけれども、多様な生物種が存在を脅かす現環境下での生き延びる機会とか、非常に早い増殖を可能にするために無駄を省いたシステムを獲得したと考えることも出来るのだそうです。

生物量も真核細胞(生物)の数倍から数十倍に達するとも言われているので、地球上では真核細胞より原核細胞の方が、幅を利かせているのかもしれません。


動物細胞の模式図(ウィキペディア参照)

一方の真核細胞は進化の過程で、ミトコンドリアを取り入れたりして、エネルギー代謝を効率よくこなせる様になって、核膜で覆われたDNAは自己複製機能を確実なモノにするためにミトコンドリアなどの細胞小器官からの干渉をある程度、保護する様な作用があると考えられています。

ここでウィルスは、生物ではなくて生物に寄生して自己複製機能を持つリボザイムを持っているという立場の存在だという事です。

あえて言うなら有機物。

炭素や酸素・水素・窒素やリンの化合物、分子というイメージです。

ウィルス・ウィキペディア参照

ウィルスは宿主を殺してしまうと、自分も自己複製機能を稼働できなくなるので、生物で言うところの死という状態になります。

ウィルスは簡単に変異します。

しかしながら、アルコールなどで簡単に分解もします。

ウィルスの大きさは細胞と比較すれば以下の様な図のイメージになります。

私たちは生物を以下の様に考えて来ました。

先ずは動物と植物。


次に、原生生物を加えました。

代表的な原生生物と言えば、例えば昆布やカビやアメーバ等々・・・。


その次に、菌を発見。


 今では、以下の様に考えられていて高校生以降では、このようにして認知しています。


 ウィルスが発見されるまでには、電子顕微鏡の発明まで待たなくてはなりませんでした。

ばい菌より小さくて、生物ではないのがウィルス。

生物は色々な試練を乗り越えて、地球で生きています。

中でもヒトは、生物の持つ進化に基づいているのかいないのか、脳細胞が自然を積極的に応用したり、肉眼では見えないモノを観たりして、ヒトの手で進化に携わろうともしています。

ヒトはDNA・RNAの存在を知って、その操作方法も研究して人の手によってウィルスとも新たな付き合い方を模索して、進化しようとしている。

というのが、まさに今なのかもしれません。

2020年7月11日土曜日

Land 土地活用 歴史 チューリップ

 

 

バブル時代真っ最中な頃、欧州へ旅行された方々なら、EU以前のヨーロッパの西欧旅行を楽しめたのではないでしょうか・・・?

 

 

その国々で紙幣は異なって、ポンドもあればフランもあって、ギリシャならドラクマで、イタリアならリラ・・・。

 

 

今ではユーロで統一されて、悲喜こもごもなヨーロッパな感じもします。

 

 

欧州へ旅をすれば、美術館巡りや教会へも伺ったりして、石で組積された歴史的建造物をどの国ででも見受けられて、日本では考えられないくらいに厚い壁や石畳にも異国情緒を感じさせてくれたりします。

 

 

当時のイギリスには、まだ木像のエスカレーターも残っていて、ゴロゴロと大きな音をたてて不思議なアンティークのイメージも感じたり、タクシーのオースチンにも補助いすが木製だったのを記憶しています。

 

 

あの頃に比べると、経済は益々世界を席巻して、旅行を楽しむという中にもあの頃にあったワクワク感とか、異国情緒な感じが希薄になったのではないかという気にもなったりします。

 

 

西欧にはどこに行っても教会があって、日本の神社仏閣以上にランドマークにもなっていて結構、幅を利かせている印象です。

 

 

結婚式は教会で挙げるというイメージが、強烈に、日本人ならついつい勝手に、想像したりもしたものです。

 

 

でも実際は、ことオランダに限れば、結婚式は市庁舎で上げるのだそうです。

 

 

教会ではなくて、市庁舎で挙げる事が多いのだそうです。

 

 

オランダの市長は選挙で任命されるのではなくて、国から任命されるそうです。

 

 

市民の結婚式には必ず出席して、市長も一緒に祝うのだとか・・・。

 

 

これは、司馬遼太郎の街道を行くで放映されていたお話です。

 

 

オランダへ行けば、国立美術館に訪れる機会があるでしょう。

 

 

ソコにはレンブラントの夜警が展示されていて、その本物を肉眼で見られることに感激した事を覚えています。

 

 

西欧の美術館では、歴史的な絵画が数多く展示されていて、特にイタリアやイギリス、フランスではキリスト教に関する絵画をかなり多く鑑賞する事になります。

 

 

近世になって、日本の浮世絵や木版画が欧州に渡って、ジャポニズムが欧州の画家たちにセンセーショナルなエポックになって、絵画に求められていた意味合いに、新たな美が添えられるようになって、印象派と呼ばれる様な、絵画の新たな可能性が生まれたとも言われたことは、日本でもお勉強で学ばされたとも思います。

 

 

日本の私たち自身、浮世絵や木版画を肉眼で鑑賞する機会は早々にはない様な気もしますが、実際に北斎や広重、写楽を鑑賞すれば、写真やTVではわからなかった、ダイナミックな印象を与えてくれたものでした。

 

 

近世美術館では、ピカソやダリ以降の新たな絵画も誕生して、それ以前に誕生していた絵画と一緒に展示されて少々分かりにくいのですが西欧では絵画とは先ず、キリストに関わる、神に関わる作品が圧倒的だった。

 

 

逆に言えば、神に関する出来事を絵画で表現していた。

 

 

それが欧州の美術館で受ける大きな印象の一つです。

 

 

しかしながら、オランダでは先に述べた、レンブラントの夜警のような市民を描いた作品が展示されています。

 

 

司馬遼太郎の街道を行くでは、その件に言及されていて国土とは神が与えたもうた恵みだというのがほとんどの国での思いなのですが、ことオランダでは正に民衆によって培われた国土だったという事です。

 

 

オランダは海抜より低い国土が、ある事でも有名です。

 

 

オランダの人々は民衆の力で国土を開発して、国家を維持して来ました。

 

 

この国の道は海外から石を輸入して、専門の職人の手によって道路が舗装されて来た。

 

 

国土を守る堰堤も石の組積みで拡張されて来た。

 

 

コンクリートではなくて石で国土が守られて来た。

 

 

この事は、漁業や農業などの食うための産業には多大な貢献をしてくれて、この国の自然を担保してきたという事です。

 

 

オランダの石の専門家なら、石の顔を見ただけでどこから仕入れられた石かもわかる程、その関わり合いが深いのだそうです。

 

 

オランダに限って、国土は民衆によって培われた恵みだった。

 

 

民衆の力は絵画にも波及して、民衆が割り勘で絵画を作成した。

 

 

一人一人の国民が割り勘で、レンブラントの夜警を造ったワケです。

 

 

オランダの日本人小学校は年間1ギルダーの賃貸料でその土地を小学校として、活用しているとの事でした。

 

 

当時の日本は国土を投機の手段にしていた。

 

 

司馬遼太郎は、その事実を憂いて程なく他界されました。

 

 

オランダは東インド会社で国力を増大させた時期が、あります。

 

 

当時も王権によるものではなくて、民衆の力で会社を設立して国力を増強させてきた。

 

 

一方でチューリップを投機の材料にして、バブルを経験して自虐的な絵画も残しています。

 

 

日本では古来よりご先祖様の土地に縛り付けられて、悲喜こもごも味合わされる現実があります。

 

 

国土と国民は、どのように相対するべきなのでしょう。

 

 

災害の少なくないこの国。

 

 

海外からの圧力も少なくないこの国。

 

 

国民の命も財産も、国土ありきで国家は形成されている。

 

 

縄文時代には調子のよかった頃もあったから、一万年以上も続いた・・・?

 

 

かつてもこの日記で書かせてもらった、農耕文化を取り入れて、均質化を好むこの国の人々の性格が否応なく稲作の文化を取り入れて、飢饉を経験してしまった北国の事件・歴史。

 

 

国土が神より与えたもうた恵みのままだと、人は神に甘えて土地利用を間違えたりするのでしょうか・・・?

 

 

オランダの国土を一時、羨ましく思ったりしてしまいそうです。

 

 

でも実際は、民衆の力を注がないと生きて行けない国土だった。

 

 

本来の民主主義とはオランダの風車に表現されていたのかもしれません。

 

2020年7月10日金曜日

和算 関孝和 量子コンピューター




この度、日本のスーパーコンピュータがまたまた最速の演算能力を樹立したとのニュースがありました。


それまでは、米国と中国の独壇場だったのが、久しぶりに日本が日の目を見たそうです。


コンピュータの進歩は、もはや世界の経済や科学、軍事技術の根幹の一つを為す要因として、重要な意味を持つ技術になりました。


このスーパーコンピュータが量子で作動する様になれば、今まで以上の演算能力が実現化されて、素数を材料にした暗号は瞬く間に解読されてしまうそうです。


今のコンピュータでは、長い時間をかけて検索しないと暗号は解読できなかったのが、瞬く間に解読してしまうそうです。


なので、量子コンピュータでも解読できない量子の暗号が、必要になるという事です。


なぜ、量子にはそれが出来るのか?


それは量子のもつれと重ね合わせという性質を活用して、演算も早くなるという事です。


重ね合わせる事が出来れば、並列での計算が同時に可能で、量子のもつれを確実に操作できる様になれば、光速を超える速さで情報を転送できるという原理で、量子コンピュータは、今までのコンピュータを古典化してしまうという事です。


計算が早いという事は、暗号の解読も早くなる。


膨大な情報を処理できる。


そんなこんなで圧倒的な速さが実現すると、世界はどうなるのでしょう。


例えばSFのTV番組で有名なスタートレックでの転送が実現すれば、旅行中という移動時間がなくなります。


引っ越しも秒単位で終了。


建設や土木工事も驚くような速さで、竣工を迎える。


地球の自転や公転は今まで通りで、人々の情報処理や生産性の時短化だけが、以前よりも早くなる。



量子論とは、単純にイメージすれば、その様な奇想天外な発想を思い浮かべてしまいますが実際には、線形代数を理解していないと、その本質を理解するのはなかなか難しいのだそうです。


その昔、江戸の和算学者、関孝和は既に線形代数の行列式の理論を把握していたそうです。


当時はアラビア数字ではなかっただろうから、その表現方法はどうしていたのでしょう・・・?


素朴な疑問は子どもの頃から未だ解消されていません。


変数や係数の識別とか、色々な数学でのお約束事は、当時では今とは全く違った方法で、彼らは和算という学問を発達させたのでしょう。


彼らは微分の発想も心得ていたとも言われています。



実は当時から今なお日本の数学的センスは、世界的にもトップクラスなのでそうです。


数字や数式は物理や化学の文法の様なモノなので、最先端の科学というのは先ず、数学ありきなところもある様な気もします。


客観的な証明や数値化が出来てこそ科学という面も、無きにしも非ずだとも思います。


明快な解、真理、共通認識の出来る回答を約束してくれているのが、数・数値の学問という発想です。


ニュートンもアインシュタインも数学的な文法を使用せずには、万有引力も相対論も表現できなかったでしょう。


量子力学は、科学の幹の様な数学にも新たな問題を投げかけているのでしょうか・・・?


理数系のそんなお話は、こんな事を考えて行くと、不思議な世界を感じさせてくれます。


ちなみにABC予想に言及した望月教授の論文を理解できる人は、世界に数人か数十人しかいないそうです。

2020年7月5日日曜日

梅雨 晴れ間 タコ釣り

今日は梅雨の晴れ間。


近くの公園へ珍しく散歩へ・・・。


道中、ひまわりの花がうだる暑さの中咲いていました。



水路に水が張られていました。


 以前は田んぼらしい敷地にここから水が流れて湿地が設えられていました。


 その水路で親子連れのお二人が、野外活動中。 お忙しい中、声をかけさせていただきますと、可愛らしいドジョウやオタマジャクシが大量の模様。



昔を思い出す様な光景。 息子さんは水路に網を入れて、水中生物の観察に熱中。


 近くの川から流れている水路から、ドジョウやオタマジャクシ、ザリガニが流れ込んでいる様です。


杜若450×417.jpg
シオカラトンボ450×337.jpg


湿地にはまだ、カキツバタが咲き残っていました。


 シオカラトンボや麦わらも飛び交っていました。 都会の郊外にもまだまだ自然は残っている様です。


紫陽花450×337.jpg


アジサイも青々と茂って、正しく梅雨真っ最中。


 人影はそんなに多くはありませんでしたが、河川敷のグラウンドでは学生さんが、クラブ活動を始めていたようです。



 本来ならこのような一日なら、船に乗ってタコでも釣りたいような一日でした。


船タコ釣り450×337.JPG


船に乗って沖に出れば立派なタコがポコポコ釣れます。


タコ船釣り450×336.JPG


タコ釣り明石01-450×331.JPG


仕掛けは、テンヤかタコエギで・・・。


タコテンヤ仕掛450×331.JPG
テンヤ仕掛け



タコエギ450×325.JPG
タコエギ仕掛け仕掛け
明石タコ450×314.jpg


海底をゴソゴソ仕掛けを浮かさない様に引きずり、タコが乗るのを待ちます。 


たくさん釣れても、冷凍保存が効くので当分の間は美味しいタコにありつけるというワケです。 


自前で釣れたタコなら、生からタコ飯が作れるので、赤飯の様に鮮やかな美味しい、この季節ならではのレシピが味わえます。 


ゴマ塩と大葉を刻んで、タウリンタップリ夏バテ知らずのタコはこの時期の海の恵みです。

2020年7月1日水曜日

実践 幸福論

幸せを実感する日々を送る一つの実践方法に、セロトニンの活躍に期待するという考え方があります。


セロトニンは脳の覚醒、気分や心の安定に寄与してくれる神経伝達物質だと言われています。


セロトニンに活躍してもらうためには、・・・


・日光浴をする

・リズム運動をする → 散歩・深呼吸・ガムをかむ・動く

・食事でトリプトファンを摂取する。 → 肉・大豆・乳製品を摂取する。


・・・が効果的だと言われています。



さて、自分の性格を私たちは外的・内的に今までの経験や周りの反応で、自分なりに決めつけているところがあります。


その中でも気になるのが、性格についてあまりにも否定的になったりして、自己評価を低くしている場合が考えられます。


反応が敏感すぎたり、鈍感すぎたりで、そのことが情けなく感じてしまったり・・・。


この気持ちを克服して、心地よい日々を獲得するための一つの方法とし、捨てて諦めるという選択があります。


性格に悩むことを諦めて、クヨクヨしない。


世の中、同じ悩みを抱えている人がいるでしょう。


他の誰かの同じような悩みを抱えている人たちも、悩んで生きているかもしれません。


でも、その悩みに気を留める第三者は自分が思っている程あなたの身の回りには、多くはいない。


捨てる事、諦める事も時には有効な手立てになるという一例でしょう。


さて、私たちが幸福を実感する時の事を研究された先生、前野 隆司教授のお話が面白かったのでご紹介です。


先生によれば、・・・・


・自己実現と成長

・繋がりと感謝

・前向きと楽観

・独立とマイペース


の4つの因子が幸福に感じる事に影響を及ぼしているということです。


その事を考える時、


・地位や財産に目を向けて幸福を追求するタイプ ・それらにこだわらず、穏やかで少々の不便も気にせずに幸福を追求するタイプ


といった風に、幸福への発想にも色々あって、幸福への個体差も多岐にわたり、感じ方・生き方に多様性がある事を講義されていました。



幸福感とは、チャレンジできる人生、心地よい時間、想像できる豊かな心に拠り所を追求して、ポジティブに未来に向かう事が出来れば幸せなのかもしれません。


逆に言えば、鬱になるくらいのネガティブな感情を不幸な状態だと言えるのかもしれません。


問題や悩みを克服する、行動できる事も幸せに向かって生活している真っ最中には中々、落ち着いて思ったり、考えたりできない事もあるでしょう。


その時、疲れた時も、冷静になって沈思黙考。


心のベクトルをポジティブに向けて、先ずは感情・情緒を無理やりにでも、自分の望む幸福に向かって想像してニヤッと心の中で笑みをこぼしつつ、瞑想とか考えたり意識し続けていれば、無意識もそれに呼応して幸福に向かって歩き出す。


そのプロセスが、幸福なのかもしれません。


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2020年6月24日水曜日

潜在意識 成功法則

無意識と氷山800×800.png


無意識とは普段、私たちから無視された意識。


気にも留めずに起こしている何気ない行動は、無意識のなせるワザ。


無意識をヒトは潜在意識とも言って、思考は現実化するとか引き寄せの思考と言って、無意識を意識する様になりました。


もうかなり昔から、マーフィー博士の成功法則で、潜在意識のお話は結構話題になっています。


ヒトは無意識のうちに得手・不得手や好き・嫌いを気付かぬうちに決めてしまって、日々の生活や行動に限定をかけてしまうそうです。


トラウマも、無意識のネガティブなパワーの一つ。


なので、無理矢理にでも意識して、勝手に限定してしまった、困った欠点を克服する事を、意識からの指示で無意識に逆に働いてもらって、成功を収めるという発想の延長線上に、思考の現実化や、引き寄せの法則のお話が生まれてそこから私たちに、成功の回答を送ってくれている様です。


事程左様に、無意識は負の方向にも、正の方向にも作用して得手・不得手、好き・嫌いを私たちに気付かぬうちに、強要している様です。


なので、意識を通して無意識を手なずければ、思考は現実化し、引き寄せる力も宿す事が、できるという発想です。


ここで、無意識は、意識下での嘘を見分ける事ができたり、逆に正邪の判断はしないと言った性格が、あるという事です。


そこで、意識を通して無意識に働きかけるには、チョットしたコツがあって、それが上手く行けば無意識のパワーを活用して、願望を叶えられるというワケです。


ではその方法とは、


毎日、意識下で自分は欲するものをゲットできる方向に向かって、日々行動していると現在進行形で意識し続ける事。


その毎日の意識には、未来の現実化した自分を想像して、その時の喜びや幸福感を感情にして、例えばニヤニヤしながらでも意識し続ける事。


それらの行為にネガティブな感情を、決して持たない事。


時にどうしても気乗りしない時の事を考えて、感情が喜びや希望に向かって指向できる、お気に入りのテーマソングや画像(ポスター・カタログ)、あるいは願望を忘れないように、時間のある時には紙にその願望を書くなどの工夫を凝らして、毎日忘れない様にそしてその行為に喜びとか幸福感という、ポジティブな感情を焼き付ける習慣を身に付ければ、無意識はそちらの方向に向かって、未来を誘導してくれるという事です。


願望を具現化するには、具体的な行動が必要になりますが、先ず第一に何をすべきか・・?と考える時、意識を通じて無意識に作用する上述の様な行動を習慣化させることが、何よりも近道だという事です。


具体的な行動にピンと来ないというのなら、先ずは無意識に意識を通して探させるという発想も有効な様です。


要は一時も忘れない様に意識し続けて、無意識に検索させるというイメージです。


無意識とは本来、無視できないくらいに絶大なパワーを持っているそうです。


しかも、無意識は正邪を区別しない。


嘘も通じない。


という事で上述の様な方法を駆使して、潜在意識を活用するという事です。


毎日の意識が、無意識に仕事をさせる事になっている。


その折には、感情もポジティブにして心底願っているし、成功するという強い心で生活するという事です。


ポジティブな行動は、周囲の人々にも好感度を印象付ける事にも繋がり、ラッキーもゲットできる様になるかもしれません。


なので今の自分はすべて、自分の責任から発生しているという所以なのかもしれません。


今の状況の自分に対する責任は、すべて自分が構築していたのですネ。


他人や環境には、今の自分の状況への関係はない、全て自分の作り上げた結果が今の自分だという事です。


つまりは、自力で本願出来れば、他力でも本願できる様になるのでしょう。

2020年6月9日火曜日

薔薇とハマナスの徒然

バラ550×550.png


薔薇の花ほどどこの花屋さんでも、見かける機会のある花は、そう多くはないでしょう。


バラには求愛に対する象徴的なイメージ、情熱的な印象が浮かびます。


西欧では、多くの人々に愛されている花という印象です。


その様なイメージのあるバラは、古来の日本の華道では使用されて来ませんでした。


その理由は薔薇のトゲが、忌み嫌われていたのだそうです。


昔の人々にとってバラは、そのトゲがあるために、人を寄せ付けない印象だった。


古来の華道では、そこがネックになって活けて見られる花としては、評価してもらえなかった。


欧州ではバラに関する逸話も多く、特にフランスで品種改良された 3-35-40というバラは、大戦の戦禍を逃れるために米国や敵国のドイツにまでもその種苗が、送られて保護され絶滅を逃れたという事です。


奇しくも終戦後、敵国のドイツから再び3-35-40というバラは、フランスへ帰って来たのだそう・・・。


サンフランシスコ講和条約の折、この花は参加者各自の手元に届けられて、その折に名がついたそうです。


そのバラの名は ピース 。


バラ ピース550×366.png

画像:ウィキペディア参照


さて、ハマナスもバラ科の植物。


日本沿岸で野生で見受けられるバラ科の植物で、ドイツでは結構重宝がられていて、原産の日本よりも多くの人々に親しまれているそうです。


ハマナスは寒冷地を好む花なので、ドイツでは好んで育てられているのだとか・・・・。


塩害にも強く、凍結した道路に撒かれる融雪剤に耐えるというので、路上際を賑わせているそうです。


ドイツではもはやハマナスは、日本から送られてきた花という感覚ではないそうです。


バラの育種家くらい詳しい少数の人々にしか、ドイツでは知られていないのだとか・・・。


ハマナスは食用や漢方薬にも使用されたりして、意外に重宝な花です。


ハマナス550×733.png

画像:ウィキペディア参照


バラの育成・栽培に関してはフランスが秀でていて、世界的には英国やフランスの庭園の主役的存在のイメージです。


品種の改良にも長けていて歴史も長く、私たちのイメージもバラと言えば、欧州のシンメトリックな庭園を思い浮かべたりします。


世界的にも愛されているバラにはミスターローズと呼ばれた有名な種育家がいて、その道では世界的にも有名な人物がいました。


その Mr.ローズ とは、日本人だったそうです。


日本のバラの育種家 鈴木省三 氏です。


彼は品種改良に携わっていた時、日本のバラの原種にこだわって、病気に強く耐性のある薔薇を改良して欧州に遅れを取っていた日本のバラの育種に生涯をささげた人物だった。


バラは花弁が豊富で、こんもりとふくよかなスタイルが好まれがちですが、Mr.ローズはノイバラの様な質素で小さなバラも愛したそうです。


その種育が、世界的にも認められるようになって、欧州のバラの育種家にも彼の名が、知られる様になりました。


欧州の薔薇の庭園を立体的に装飾できるようになったのは、蔓が伸びる様に成長してくれるバラを育成した彼の業績で、日本のノイバラから産まれたそうです。


ローズガーデン550×366.png


Mr.ローズ は資生堂のバラに関わる商品開発にも参加していた事は、知る人ぞ知るお話です。


2020年5月30日土曜日

キングダム 見逃し



キングダムで秦の始皇帝、嬴政(エイセイ)の名が、若い人々にも知られる様になりました。


本場中国での始皇帝のイメージは、豺狼(さいろう)の声を持って、無慈悲で恐ろしい王様という印象の皆様が多かった。


呂不韋(りょふい)に"奇貨居くべし"と言わしめて、彼の策謀によって、秦のトップレベルにまで成り上がったというストーリーが一般的です。


その呂不韋に死を授けて、自らトップに立ったのが嬴政。


彼の母親は、彼が本当の血筋を引いているのかいないのかに謎を残して、世を去りました。


それがトラウマにもなっていたと・・・。


始皇帝登場以前から、彼の地では中原という発想があって、春秋戦国時代以前の ”周” でさへ西戎扱いで、化外の人々だった。


その周より更に西方の国が、秦だった。


始皇帝が現れる前まで、秦は中原の国々から有能な人物を登用しました。


百里奚(ひゃくりけい)、商鞅(しょうおう)、范雎(はんしょ)などは有名で彼ら毎の小説が、あるくらいに昔から有名です。


将軍では王 翦(おうせん)が有名で、老齢になって始皇帝政より命令が下された時に、多くの謝礼を望んで秦の軍事力の大半を指揮して、戦に出かけた。


この将軍は政の猜疑心を知り抜いていて、自分に謀反の心の無いことを、欲張った恩賞でかわしたとして有名な逸話があります。


白起将軍も有名で、天才的な戦いで功績を収めたのが、本国の猜疑を買って自刃に追い込まれた将軍として有名です。


彼はチビだったそうです。


にもかかわらず敵国には大いに懼れられた辣腕を振るった将軍です。


周は封建制を取り入れて、その制度の一生をトレースしてその終末期は、末端の地位の国々が中央をしのいで周自身は先細りして行き、ついには朝貢していた化外の国々に覇権を奪われて、援助を求める立場へと凋落して行きました。


夏王朝は殷(商)に、殷王朝は周に斃されて国の名はそのたびごとに変わり、それを易姓革命と言われてきました。


彼の地では多くの民族が覇権を巡って争っていたし、中華思想も手伝ってか、ジェノサイドが基本だった。


易姓革命 ≒ 大虐殺 の歴史を歩まざるを得なかった。


彼らから見て東夷の国は当時、まだ国家としての体はなさずジェノサイドもなくて、採集狩猟生活を1万年以上も続けていた。


当時から清に至るまで、かの国の民族は海へは、海の向こうへは、関心が無かった。


台湾で漂流した日本の民が台湾の人々の手で虐殺された時、明治政府はその責を追及して清に賠償を求めましたが、化外の島ゆえ清にはかかわりが無いと拒絶された程。


当時の敗戦の憂き目に遭った国々は海へ出て、この国に漂着した人々もいたのかもしれません。


海へ出てしまえば、命が助かるかもしれない。


大陸にいては何時かは、殺される。


海に出てしまえば、助かるかもしれない。


大航海以前、明の鄭和はアフリカまで赴きましたが、それでも尚かの大陸の国々は海外への関心は薄かった。


ちなみに鄭和はアラブ系の宦官だったという事です。


かの大陸が海で関心を持ったのは、殷(商)の占卜に使用されていた亀甲と子安貝くらいだった。


フカひれもキンコも清の頃の日本からの輸入で中華料理のレシピに登場したそうです。


話がそれましたが、秦の始皇帝は旅行中に亡くなり、宦官と愚昧な息子によって敢無く滅亡しました。


始皇帝は初めてかの大陸を度量衡で統一した人だった。


かの地・大陸の発想・思想は易姓革命のもと、連綿として今なお近隣諸国を脅かしています。


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2020年5月26日火曜日

去年の今日

フト思い出しました。


去年の5月26日。

2019.05.26.天気図.PNG


日本気象協会 tenki.jp 参照

メチャクチャ暑かった。


今年はマスクが欠かせません。


薬局にも消毒液のエタノールが何時までも品切れ。


それにしても、小さな脅威は世界大戦なみの破壊力。


私たち人類の生活について、考えさせられる昨今です。



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